WLITE

言葉。文状の、言葉。殴りたきゃ殴れと。書きたきゃ書けと。 


「好き」とか「嫌い」とかって、はっきり言わないほうがまあ、社会的には円滑か。
でも個人的には、はっきり言うほうがいいと思う。清々しい。

別に、嫌いなのに話とかしてくれなくて結構だし、好きなものはちゃんと誇り持って好きと言えるほうがいい。


好き嫌いがはっきりしている人のほうがエネルギーがあるし、好感も持てる。


そういえば最近自分にエネルギーを感じない。そんな自分がそして嫌いだ。


旧体育の日。

10.10.2008 "給油中"


「トニー滝谷」の監督、市川準さんが急死した。
そんな。

非常に残念です。


台風が去り虚無感が残る。

19.9.2008 "訃報一"


物欲が激しい。
一日一つはオークションで買ったものが届く日々。
何かの欲求不満を購買で埋め合わせているような虚しさ。

これはマズイ。
最近肩が痛くてしょうがない。


何でもないような事は何でもないような事。

17.9.2008 "他人にとっての"


近代文芸社の原稿募集のQ&Aが愉快なことになっている。
対話形式にして自分たちの理念やメリットを力説するがあまり、暴走。
最後のほうはもはやいい作品についての議論みたくなっている。
方向性が間違っている気がしてならない。「Q. 成程。」ってなんだ。

うん零細出版社は今大変だろうね。本売れないもの。

じゃ、ということで売れ筋の本ばかり作っていても
文学の衰退を助長させ結果的に首が絞まることになる
では、と文学的に価値がある本を刊行しても
地味で目立たなければ売れずに絶版不良債権化

文学なんて腹の足しになりゃせんものね。

読みよいやわらかい本ばかりが幅を利かす書店は
ちっとも面白くない


絶望してもいいですか。

14.9.2008 "零歳"


「子供に夢を与える」と謳う映画や本、演劇、人形劇など、数限りなくある。

正直に言うと、個人的には、これはあまり意味を成さない気がしてならない。


もちろん大人が見ても楽しめるレベルに達しているなら、それはまだいい。


そうでないなら、やっぱり存在価値を疑わざるを得ない。


子供はその小さな体の中に夢をたくさん詰め込んでいる。
わざわざ与える必要などない。
オトナは子供が成長していくにつれ、その夢を一つまた一つと潰していく。


だから必要なのは「夢を与える」ことではなく、「夢を奪わない」ことだと思う。

そして芸や芸術などの力では、夢を奪わないようになんてことはできない。
そう簡単には。


社会的には芸術など何の役にも立っていない。
ちょっとした芸や手癖でできたような作品のほうが、商業的にはるかに価値がある。
それを知ることで、ほとんどの場合、芸術という夢は子供から奪われる。



夢を奪わないことが現実世界でどれだけ難しいか、痛感しなければいけない。
ありきたりなハッピーエンドだけで夢を与えられるものかどうか。


きっとあまり賛同されないんじゃないか。

9.9.2008 "ようやく思い出した"


気分が悪い。
怒っているわけではなく、純粋に気分が良くない。
体のあちこちが壊れかかっているようで、その実ねじ一本が抜けかかってるとかその程度のもので。


思考だけでなく行動も停止寸前。
ガソリンをぶち込めば動ける時代は終わり始めたのか。
ちょっとメンテナンスをしないと錆に阻まれて動作しない。




夭折した作家の作品に触れる。
夭折作家の作品は、死に直面した鬼気迫る魅力のあるものと、拙さとエネルギーに溢れるものの二パターンがある。

病死した人のが前者で、事故死か自殺した人のが後者なのかもしれない。


Il s'appelle comme?

9.9.2008 "やまだかまち"


詩がかけない。
というか、今まで書いていたものも詩ではなかったのかもしれない。



何を書いてもほとんどは報われない。でも書かないと生きている意義を感じない。

書かなければ自責の念に駆られ、書いては出来の悪さに自己嫌悪。

そしてやはり認められない。評価されない。当たり前。



認められたければまず認めなければならないか。

詩にコメントすることすら憚られるのに、それを強いてしなければ駄目か。



同情されたいわけじゃないのに。


言葉から離れたほうがいいか俺は?

4.9.2008 "混沌カオス"


朝六時に狂ったような爆音鳴った。叩き起こされた。
雷がごく近くに落ちていた。

戦争でも始まったのかと思った。




睡眠を妨害されて、雷に苛立ちさえ覚えた。







他のサイトを見ていると、自分のサイトが面白くない。
とりあえずここにコメントをつける方法でも考えてみるか。


脳が腐りつつあります。

3.9.2008 "方針を変えようか"


安部公房の戯曲「友達」は読んでいてイライラした。
ただあれはイライラさせることを狙って書かれているので、全然問題なし。
その独自論理にまんまと言いくるめられた感が非常に悔しい。完敗です。


意図に外れたところでイライラさせられる物語は見たくありません。
そんな時間はありません。


理屈抜きで楽しめるのもいいけど、理屈で楽しめるものもいいです。


動けない。

2.9.2008 "だめだ全集欲しい"


映画「トニー滝谷」を見た。
原作:村上春樹、監督:市川準。

あの間と構図と乾いた色、静かな時間。
見ていると胸が痛くなってくる。孤独。

貴重な映画です。


観終わった後しばらく何もしたくなくなりました。余韻がすごくて。

30.8.2008 "原作も読んだ"


命は存在するだけで価値がある
という主張をつねに疑問に思っている。

生きているだけで価値があるなら、なぜ死刑があるのか。
人を殺した人の命は存在する価値もないということか。

なぜ例外がある。


同様に、命の重さは平等だという物言いも是認できない。

そんなわけない。自分の命がゴキブリやハエと同等だと意識したことがあるか。
あるか。


人間に限って言っても同じこと。
全く見も知らない人が死んだ時も、自分の親が死んだ時も、同じように悲しめますか。


世界にはたくさんの建前がある。
世界にはたくさんの矛盾がある。
人間はそれらを黙殺して生きていくしかない。
 


人間は、言葉を使うには未熟すぎる。

29.8.2008 "殺して黙る"


文章やちょっとした小説、詩などを書くようになってから、
書かれた文章の多くがつまらなく思える時がある。
無論、自分が書いたものに対しても。

自分が書いている時につまらなく思えると、書き進める原動力が失われ、放置される。

そうやって今までに立ち消えた物語は、完成したものより遥かに多い。



そうかこれがスランプか。いやそれならずっとスランプだったことになる。

本気で言葉を編むための、動機が足りない。


今までにつまらないと思ったことがない"作家"は安部公房だけだ。

26.8.2008 "PROTO2"



本能は人間活動の多くを説明するのに有用なんじゃないか。

国境線を引くのも、なわばりを具体化するためで、
戦争も獲物の狩りや縄張り争いが激化したもの、とか。

まだあまり説得力のある説明ができそうもないので、もうちょい詰めます。


共食いとかもあるし、人がなぜ人を殺してはいけないのか、人を納得させる説明はできません。

26.8.2008 "PROTO1"


中途半端な規模のジュンク堂は品揃えも中途半端だ。
優等生みたいな品揃えで売れ筋なら何でもあります。
かゆいところに手が届かないのでメトロ書店に行く。
ここは予定外に三崎さんのサイン本まで置いていた。
現代詩手帖とあわせて図書カードで買って次に行く。
吉田戦車が三冊ほど待合い室においてある耳鼻科へ。
ぐいぐい耳内を押され外耳炎と診断され痛みが増す。
世界の果てのような処方箋薬局の椅子の上にすわる。
薬代を払って財布の中には二百円強だけがいのこる。
真直ぐ帰り真面目に薬を飲んで残りの時間を過ごす。
ドラえもんの登場人物は筋違い且都合主義で苛立つ。
クレヨンしんちゃんは理屈抜きで馬鹿馬鹿しく愉快。
大規模な変化のない日はこうしてまた一つ終ります。


今日だけ等角ゴシック。

22.8.2008 "20080822"


繋ぎ忘れていたけど、今はここにもいる。

現代詩フォーラム

名前も同じ。



今日はなにか涼しいです。

秋が訪問したようです。

今日はシンプルに行こうと思います。




と書いた後言葉が消えました。

21.8.2008 "香炉"


悲しいくらいに詩集の発行部数は少ない。
500部とか、しかもうち200部は自分で買取とか、どうなっているのか。
みんな詩嫌いなのか、いやそんな馬鹿な。

たぶんほとんどの人が一度は書いている。
しかしそのあまりの手軽さに、買うものではないという意識が染み付いている、
かつ、人の詩には無関心という人も多いと思われる。

まだ多く理由はあるだろう。
なぜか、まで言及しているときりがないのでやめる。

詩集や現代詩文庫、現代詩手帖などを多く刊行している思潮社にはホームページもない。

誰かがイメージを伝えても、それを受信できなければ、詩は非常につまらない。
それなら、こんこんと状況を描写してくれる小説のほうが読みやすいというものだ。


だからか。


人工造形物は時々どきりとする美しさを有している。

19.8.2008 "結果経過"


有線放送は犯罪だ。

別に罪もない曲を、繰り返し流さなければ何とも思われないような曲を、
何度も執拗に公共の場にかける。

その曲を好きになれるならいいが、
嫌いになることのほうが多い。


聴きたい音楽だけ聴かせてくれ。いらんBGMなら流すな。


これと似たようなことを、團伊久磨さんも云っていた。
なぜ状況が改善されていないどころか、酷くなっているのか。


世間ではこういう曲が流行ってるからかけるんだよ、だと。

ならいつまでも世間とねじれの位置を保ってやるから黙ってろ。


フォルティッシモとフォスフォレッスセンスの類似性について。

18.8.2008 """F""


そういえば終戦記念日だ。

ただこの記念日って、日本だけのもののはずだ。
韓国とかからすれば、日本軍の支配から解放された日だ。
ドイツなどではそもそも、5月に降伏して戦争は終わったのだ。



それに、日本にとっては戦争に負けた日だけど、米英にとっては戦争に勝った日だ。


戦勝国は戦争に勝つ喜びと利益を知っている。だから戦争をやめない。



今日は全然記念すべき日ではない。戦争はまだ終わっていない。


Victorious nations know the delight and the benefit of win, so they don't stop the war.

15.8.2008 "文学ロックと鉄パイプ"


オリンピックと高校野球ばかりやっている。

どちらも、勝つために精一杯戦う様子が画面に映し出される。


勝つことにこだわる風潮が出てきているのは、こういう放送のせいかもしれない。


マスコミは恐ろしいものだ。
流行や風潮、果ては個人の価値観まで操作できる筐体。



「ドラマみたいな出来事」なんて言うけど、ドラマは人間の生活をもとに作ったものだ。
いわば人間の生活がドラマを生んだわけだから、順序が逆だ。



これも一種の洗脳か。


ここからアヴァンギャルドは終焉に向かう。

14.8.2008 "ラリオーノフの天井"


あまりに広告が多く、さらに管理用編集パスもばれてるみたいだったので、傳言所(掲示板)は廃止しました。
これから連絡したいことがあれば、メールでお願いいたします。


―業務連絡以上で終了―



いつからか、本気で人と楽しむことができなくなっていた。

誰か友達と遊びに出かけても、心のどこかでさめた感情を抱えている。
惰性。


それは、友人のせいか。否。


本当は人間が好きなんだろうけど、だからこそ人間に過剰な期待をしてしまう。
そしていつも勝手に裏切られる。


だから人間が信用できなくなった。


飢えていることは確かだ。何に、かは不確かだ。

7.8.2008 "孤独の百年に祝杯を捧げる"


ここのところ当傳言所(掲示板)に、外国からの宣伝がよく書き込まれている。

見つけ次第片っ端から消すが、なぜここがわかったのだろう。


そもそも全く宣伝しないで置いておくとどうなるかを実験しているようなサイトなので、ここにたどり着くのが難しい筈なのに。


こんな辺鄙な場所に宣伝書き込んでも、誰も見ないよということにいい加減気付いてほしい。
労力も無駄になるから、もっとほかで、ね。

さあ、どうだか。

6.7.2008 "NNMNM"


なぜ二元論が多用されるのかが疑問だ。

「勝ち組」「負け組」

「正義」「悪」



こんな二元論に意味はあるか。




誰が正義を決めるのか。

こっちの正義はあっちの悪。
あっちの正義はこっちの悪。


人生に負けたなどと、なぜ言われなければならない。
人生に勝ち負けはない。始まりと終わりがあるだけだ。


「正義」を標榜しているくせに、「平和を願う」などというのは、救えない矛盾だ。

人はまじりっけのない状態でうまれてくるが、成長するにつれて不純物が混ざっていく。

22.6.2008 "クイズの時間だ"


「それがどうしたというのだ。」

文の前に来ると意味を成さない文の一例。



文の後に来ると意味を成さない文の一例。

「では始めます。」

人間は空気の中にいる。空気は人間に穴を開けられる。

20.6.2008 "BONNEIDÉE"


ただ一つの視点からのみ物事を見ることの危険性を知る必要がある。

正面からしか見ていなければ、円錐も三角柱も三角形にしか見えません。


視点の多さを誇れるのは、作家と詐欺師ではないだろうか。

。文の前に句点が来ても構わないだろう

12.6.2008 "MIX MISTERIOUS"


世の中は更に発展的になる一方。

つまり、一部の優秀な人間でないと、今まで以上の技術や発想を生み出せない現在。

ついでに、将来を明るくしてくれるニュースを、マスコミは流さない。


そりゃ、若い人たちが無気力になっても仕方ない。

まさか鵜呑みにしてないでしょうね。

1.6.2008 "事実を。"




「人の意見に耳を貸すことは大事」というと、その言葉自体も「人の意見」であるため、つまり「おれの意見も大事」になってしまうという錯綜。

そんなつもりはなくても、自分の意見を押し付けてしまうことになっている。

もともと相手に発する言葉など、押し付けるためにあるのだから、それはそれで仕方がない。


人の言葉を鵜呑みにするのは危険です。
知らぬ間に染まっています。

と言うその言葉自体を鵜呑みにするのも危険です。

と言うその言葉自体を鵜呑みにするのも危険です。

これは鼠算的に続くレトリックです。


結局、言葉など自己中心的なものです。

と言うその言葉自体を鵜呑みにするのも危険です。

麒麟は、長い首を突き出して酸素を吸いながら、海を散歩することができる。しかし、麒麟は海を知らない。

30.5.2008 "雜殘"


「今の世界はどうかしている」
「社会に絶望した」
「普通の人にはなりたくない」


言うだけなら簡単。
ひねくれるのも、自由。

ただし、その意志を貫こうと思ったら、それなりの覚悟が必要になる。

そうは言っていても、結局どこかで妥協して、生きるために勤める人がほとんど全員。


それが悪いことでも恥ずべきことでもないはず。


本当の天邪鬼になり、自分の意志を完全に一貫させると、原口統三(1927-1946)になります。


どうしても普通がいやだ、普通になるなら死んでやるという覚悟のある人は、
社会に棹差すのではなく、社会を利用するくらいの心構えは、せめて持たなければならない。

「安心」は常に僕の敵ではないのか。――原口統三「二十歳のエチュード」より

29.5.2008 "相対王政"


結局のところ、自分が一番かわいいということを自覚している人といない人。
後者は思い上がり甚だしい人間になる。

「世のため人のため」などという人には、「じゃあ貴方が死んだら10人の命が救えるなら、貴方は死にますか」と聞いてみてほしい。

「はい」と言える人は、世捨て人、もしくは意地っ張りです。
「いいえ」と言う人は、まあそれで正常です。
「それは極端だ」と言う人は、自己中心主義です。

自分が一番大事、ということをしっかり自覚している人からは、上のどの答えも出てこないはず。

それを心に留めた上で、人のために何かすることこそ、真に人の役に立つことだ。


思い上がりであるとわかっていながら、カンボジアに学校を作ろうとした島田紳助を見習うべきだ。


さあ静かに音を聴いて。何も聴こえないという貴方、耳鼻科行ったほうがいいですよ。

27.5.2008 "Introductions"


 貴重な存在は自殺することがある。

みずからが貴重な存在であるということに悩んでしまうゆえ。

溌剌とはきはき喋るバラエティーの司会者が多い中で、落着いて知的に話す人は余りに少ない。


老人社会で若者が生きていくには、それなりの知恵が必要だ。
とりあえず、賢くなっておくことに越したことはない。
ずる賢いというのでも結構。


地雷踏まない知識が、あると便利。
ないと、どこ歩いていいやらわからない。


ラーメンに箸さして、溜息ついている間は、
箸は抜けない。



川田亜子さん。もちろんそれだけではないと思うけど、できれば思いとどまってもらいたかった。

26.5.2008 "Introduzione"





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