(詩二編)

千田光




   足

 私の兩肩には不可解な水死人の柩が、大盤石とのしかかつてゐる。柩から滴たる水は私の全身で汗にかはり、汗は全身をきりきり締めつける。火のないランプのやうな町のはづれだ。水死人の柩には私の他に、數人の亡者のやうな男が、取卷き或は擔ぎ又は足を搦めてぶらさがり、何かボソボソ呟き合つては嬉しげにからから笑ひを散らした。それから祭のやうな騷ぎがその間に勃つた。柩の重量が急激に私の一端にかかつて來た。私は危く身を建て直すと力いつぱい足を張つた。その時圖らずも私は私の足が空間に浮きあがるのを覺えた。それと同時に私の水理のやうな秩序は失はれた。私は確に前進してゐる。しかるに私の足は後退してゐるのだ。後退してゐるに拘らず私の位置は矢張り前進してゐるのだ。私はこの奇怪な行動をいかに撃破すればいいか、私が突然水死人の柩を投げ出すと、墮力が死のやうな苦惱と共に私を轉倒せしめた。起きあがると私は一散に逃げはじめた。その時頭上で燃えあがる雲が再び私を轉倒せしめた。


   失脚

 私は、私の想像を二乘したやうな深い溝渠の淵に立つてゐた。溝渠から吹きあがつたやうな雲が夕燒を映して蟠つてゐた。
 不意に人のけはひがしたので雲から目を落すと、そこに一人の少年が私と同じやうな姿勢で、雲から目を落して私を發見みつけた。彼は自分の油斷を狙はれて了つたかのやうに溝渠の半圓へ遠ざかりはじめた。それは宛然、鏡面から遠ざかる私自身ででもあるかのやうに、少年の一擧一動は私のいらだたしいままに動いた。一體この溝渠の底に何があるのか、私は知らない。次の瞬間、少年は四つん這ひになると溝渠の周圍をぐるぐる※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)りはじめた。ぐるぐる※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)つてゐるうちに、いつか得體の知れない數人の男が加はつた。然し溝渠の底は依然として暗く何物もみとめられなかつた。
 突然、それら數人の男が一齊に顏を上げた。驚いたことには、それが各々みんな時代のついた、私の顏ばかりであつた。私の顏はなんともいへない不愉快な犬のやうに、私の命令を求めてゐた。氣がついて見ると、その顏顏の間で私は四つん這ひになつて、駄馬のやうに興奮しながら、なんにもない溝渠の周圍をぐるぐる這ひ※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)つてゐた。





底本:「現代詩III」角川新書、角川書店
   1957(昭和32)年3月30日初版発行

入力:蒋龍
2012年2月11日作成




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