白描

明石海人




目次

第一部 白描

診断
紫雲英野
島の療養所
幾山河
恵の鐘
鬼豆
春夏秋冬
失明
おもかげ
不自由者寮


白粥
気管切開

[#改ページ]

第二部 翳



斜面

星宿


軌跡
奈落



年輪


遅日



跋 内田守人
作者の言葉

[#改ページ]

第一部 白描


診断の日

 病名を癩と聞きつつ暫しは己が上とも覚えず

医師の眼のおだしきをふ窓の空消え光つつ花の散り交ふ

そむけたる医師の眼をにくみつつうべんひ難きこころ昂ぶる

こともなく昇汞水に手を洗ふ医師のけはひに眼をあげがたし

看護婦のなぐさめ言っも聞きあへぬ忿いかりにも似るこの侘しさを

診断をうべなひがたくまかりつつ扉に白き把子ノブをば忌む

踏むきだのいたき磨耗へりにも思ほゆる子等は眠気にむづかる頃か

雲母きららひかる大学病院の門を出でてかたゐちし身の影をぞ踏む

診断を今はうたがはず春まひるかたゐちし身の影を踏む

 行楽の人に群れて上野の山に来つれどまた行くべき方もなく、人なき処をもとめて博物館の広庭をさまよふ

在るまじき命をしくうちまもる噴水ふきあげの水は照り崩れつつ

七宝の太花がめのあをき肌夕かげりくるしづけさを冷ゆ

人間のルイを逐はれて今日を見る狙仙人そせんが猿のむげなる清さ

天窓のあかりは高くひそまれる陳列室にひとりゐがたし

おろそかに三つつ過ぐれどマンモスの化石の牙はまがりたくまし


 日暮れて博物館の門を後に、さる夜の夢などをたどる如く一足毎に重る心は踏みゆく石塊の一つ一つにもよるべなき愛着を覚えつつ

あるときは世ののぞみをも思ひてし府立美術館の石壁は黄に

身一つのあらましごとぞなばね消ぬべくもあらぬ妻子めこえにし

銅像の西郷公は紙つぶてあまた著けたり素足の甲にも

らひつつ入る日の涯はありわかぬ家並やなみを罩めてあかりそめたり

陸橋を揺り過ぐるよるの汽車幾つ死したくもなく我の佇む

 洗面所の鏡にうつる影は昨日に異ならねど、病み頽るる日のさまを思へば、我身ながら己にこの世のものとも覚えず。やがて灯かげ暗き車室の一隅に外套の襟を立てて

今日一日ひとひの靴のよごれをうちまもる三等室に身は疲れたり

子等を妻を木槿もくげる母がを一目欲りつつ帰り来にけり

 待てる家妻に言ふべかるあまたはあれど一言にわが癩を告ぐ

妻は母に母は父に言ふわが病襖へだててその声を聞く

うから皆我を嘆かふ室を出て子等のまひにたぐひてあそぶ

ありし日は我こそ人をうとみしかその天刑を今ぞ身に疾む


その後

職を罷め籠る日ごとを幼等はおのもおのもに我に親しむ

あいるる子を離れきてむなしさよ庭籠にわごの餌栗の殻を吹きつつ

生立おひたちてCつれなかりしと我を見むその遥かなる遷ろひをおもふ

かたゐわが命を惜しむ明暮を子等がゑまひの厳しくもあるか


家を棄てて

その前夜

しはぶくは父が声なりかかるさへ限りなる世のわが家にふかむ

駅のまへえのきのうれにこのあけをここだく群れて鴉はさわぐ

幾たびをすべなき便りはものすらむ今日を別れの妻が手をとるも

さらばとてむづがる吾子あこをあやしつつつくる笑顔に妻を泣かしむ

鉄橋へかかる車室のとどろきに憚らず呼ぶ妻子がその名は

昨夜きぞの夜を母がつけたる鮎の鮓のにほふ包は網棚に置きぬ

窓の外はなじみなき山のすがたとなり眼をふせて切符に見入りぬ

かのあたり兄が夫婦の住居なる夜汽車にあるが儘なる身を横たへぬ

ゆき交ふや夜汽車の闇にたまゆらを向ひ車室のあかりはなやぐ



紫雲英野


鬼歯朶
 
 南紀のさる温泉にて療養中、失踪せる同宿の乙吉なる若者裏山の奥にて日を経て発見せらる

乙吉がむくろは臭ふ草の上に袷の縞の眼にはたちつつ

のこされし眼鏡に翳をおとしつつあを雲の空高くひそまる

とりとめて書き遺すこともなかりけむ手帖にうすき鉛筆のあと

歯朶わか葉夕づくそひを帰りつつ山蟹のつめ朱なるを見たり


紫雲英野

 紀州粉河の近在に独居して病を養ふうち、たまたま子の訃に接す。事過ぎて既に旬日の後なり

すでにしてはふりのことも済めりとか父なる我にかかはりもなく

白飯しろいひを器に盛りてあたらしき箸は立てつつ歎き足らはず

昼こそは雲雀もあがれ日も霞め野なかの家の暮れてかそけさ

幾年をはなれ棲みつつうつそみのいまはは知らでまかり果てしむ

ながらへてかたゐの我や己が子の死しゆくをだにうべなはむとす

世の常の父子おやこなりせばこころゆく歎きはあらむかかるきはにも

幾たびをよしとわるしと惧れてし世の夢さへや過ぎはてにけり

更くる夜の壁も畳も灯のいろもただしらじらと我をあざむく

さちうつく生まれて死にてちちのみの父にすらだに諦らめられつ

あが児はもむなしかりけり明けさるや紫雲英げんげ花野に声は充つるを

うはぬる水泥みどろがなかに縞赤き蚯蚓みみずの仔らのれてうごめく

紫雲英咲く紀の国原の揚雲雀はかなきことは思ひわすれむ

花散るやならぶ仁王のあけのさび今日の一日を暮れなづみつつ(粉河寺にて)

萌えいづる銀杏いてふ大木おほき夕づきて灯ともりたまふ鬼子母観音

 七七忌の日

童わが茅花つばなぬきてし墓どころをのかの丘にねむるいまし

ふるさとの家に帰らば今のかも会はるる如き思ひ歇まず


帰省

 各地の療院を輾々とすること数年、癒ゆべき望みも失せて帰郷

斯もこそ生立おひたちにけれ置きてにしそのかの吾子あこかやこのはにかむは

年を経て帰る我家に手童たわらはの父とは呼べどしたしまずけり

 留守の間をみまかりし子の位牌に、享年二歳とあるも儚く、尋常なる礼拝のわざなど心に染まねば、黙然と踵をかへすを母の咎めて、「墓参もかなふまじ、いとせめて香など※(「火+主」、第3水準1-87-40)けよ。」と云ひ給ふに

逢見ずて過ぎし位牌に香をたくかかるを我の生れしめてき

 縁側の隅の柱に、嘗て手馴れたりし空気銃の金具もいたく錆びたるが逆さまにつるされたり。「雀の執念なるべし。」など母の真顔にいひ給ひけるは、我が癩の診断を受けし頃なりき

縁側の壁に彫られし落書きも古りし我家に帰り来にけり

家妻と茶を汲みをれば年を経て帰り来たりし我家ともなき

夕経の持仏にむかふおいさくの父がうなじはおとろへにけり

 日を経る儘になじみそめたる子はお八つの菓子等を頒ちつつ

ふたたびをおとなひてよとねもごろにわがわらはべは我をもてなす

 週日の後国立の療養所に向ふ。この度は帰り見む日もはかり難ければと、妻は子を伴ひて停車場まで見送る

母父おもちちに手をとられつつ興じやまぬこの幼きを別れゆかむとす



島の療養所


納骨堂

椿咲く島の御堂の朝たけてせりもちにさす翳のしづかさ

置く露のつめたきばかりこの朝のつばき白花もの寂びにけり

朝潟をわたり来りてきりぎしに声く石のきざはしを仰ぐ(長島神社にて)


医局

ついたての白布のかげに牡丹の花あけにひそまる内科室の午後

外科室のがらす戸棚にうつりつつ書をひそかに雲のゆきかふ

蔦わか葉陽に透く朝を窓ぎはの試視力表はほのかに青む

はなし超えしまらく超えて吸入の湯けむりの音とみにさやけし

父母のえらび給ひし名をすててこの島の院に棲むべくは来ぬ


大楓子油

 大楓子油は唯一の治療剤として、週に三回の注射を行ふ

癒えがてぬ病をりて今日もかも黄なる油をししむらに

注射針の秀尖ほさきのあたりふくれゆく己がはだへをまじまじと見る

 さる手術に

目かくしの布おほふとき看護婦の眼鏡の玉に見えし青き空


白罌栗

白罌栗を甕には挿せど病み重る友の瞳にうごくものなし

ほのかに尿ゆまりのにほひしづみつつ重病室にながき日暮れぬ

蚊帳ごしのともしにかげをふかめつつ友が寝顔はおとろへにけり

おのづからのがるるごときおもひもて重病室の廊を帰


骨壺

病棟の夕さざめきをともる灯に死しゆくさへや逐はるるごとし

眷族うからなど来り看護みとらふ者もなく臨終いまはきはに遺すこともなし

穿てども咽喉の爛れの夜な夜なを※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)もがきつくして死にゆきにけり

いやはてに面をおほふ白木綿しらゆふはまなこに沁みてあたらしきかも

亡骸なきがらをおくり来りて月あかき解剖室に讃美歌をうたふ

この朝を友豊彦が骨あげの笛吹きならす山の火葬場やきば

繰返す聖歌ながらに手向けゆく黄なるコスモスは柩の上に

小包に送らるるてふ豊彦が遺骨の壺はちひさかりけり


静養病棟

石壁のかこむ空地の昼の空たまたま松の花がらの降る

洗面器の昇汞水はべにせてさかしまにうつれる三角のそら

狂ひたる妻をみとりて付添夫となりし男は去年こぞを死したり

石壁は肌あらあらしめ来つるこの島の院にきちがひも棲む

監房に罵りわらふもの狂ひ夜深く醒めてその声を聴く


盆踊り

いちようにあけの花笠ひるがへす盆の踊りのはなやぎ寂し

大きなる踊り花笠もてあますをさな女童めわらの手ぶりはかな

見のこして盆の踊りを帰り来る渚の路に水鶏くひな鳴きしく


追悼

 看護婦奥山姉を偲びて

八木節の囃子はやしかなしく舞ひし夜のきぬの綾さへ眼には残るを

大楓子油注射のときを近づきて口覆マスクの上に黒むなりし


補助看護

 重病等には付添夫あれど、徹夜の看護を要するものには、島人の全員半夜づつ交代にてこれに当る

交代の言葉を言へば目をあげて看護みとらるる人も我を見まもる

相知らぬ我に一夜をみとらるる人の眼蓋び皺だちを見守まも

壁の上に時計の音はうすれつつしまらく我のねむりたるらし

窓の空しらみそめたり藤棚も海面の明りもおぼろおぼろに

補助看護の一夜ひとよは明けて枕辺のスタンドの灯の黄ばめるを消す

夜すがらの看護を了へて降りたてば壁のかづらの露のしづけさ


病める友

日々の主食は麦飯なれば、祝祭日に給与さるる「白飯しろめし」は島人の珍重するところ、或はお萩海苔巻など相応の趣向を加へて賞美す。白飯の他の馳走は小豆を煮潰して作れる田舎汁粉にして、会食饗応はもとより、三々九度も之に祝ふ

かたゐ等は家さへ名さへむなしけれ白米しらよねいひともしらに

島の院の祝言の宴に招かれてをとこをみなのさがをさびしむ

×

帰省の日間近き友とむかひつつあかりともして夕のいひ

消灯ののちのしましを友が語る墓廟シンデユのこと巫女ユタの婆のこと

註 シンデユ、ユタはいづれも琉球の言、ユタとは口寄せ、呪などを行ふ女のこと。蛇女の漢字は意味によって仮に当てたもの。


ある人に

事すぎて良しとわろしと罵れど時にあたりて身は捨てがたし

ソクラテスは毒をあふぎぬよき人の果は昔かくしありけり

×

面会の父なる人にあらたまる若き室人へやびとことを聞きをり

癩に住む島の作業に木を植ゑて安らぐ人の言にしたしむ

×

まともなる問答ものうく神かかりの翁が言の合間をうなづく

八百万の神々己にくとなすこのかたくなは侮り難し



幾山河


父の訃

文殻をたたみ納めてしまらくの思ひはむなし歎くともなく

白ふぢの鉢のまへにて言はしける別れ来し日の父がまなざし

送り来し父が形見の綿ごろもさながらにして合うがすべなさ

今日の訃の父に涙はながれつつこの悲しみのひたむきならぬ

父ゆゑに臨終いまはのきはのもの言ひにかたゐの我を呼び給ひけむ

青蜜柑剥きつつ思ふ叱られて幾たび我の父をうとみし

盆栽の蜘蛛をとらへて傍へなる軍鶏しやもにあたへき太き指なりき


面会

隅々たまたまを遭ひ見る兄が在りし日の父さんがらのものの言ひざま

事ごとに我の言葉をさからはずたまたま会へば兄の寂しさ

面会の兄と語らふ朝なぎを青葦むらに波のたゆたふ

うすら日の坂の上にて見送れば靴の白きが遠ざかりゆく

夕あかる室の空しさ帰りにし我兄の声は耳にのこりつつ

音たてて※(「虫+奚」、第3水準1-91-59)はたはた[#「虫+斤」、u869A]ひとつ飛びにけりあれぢののぎくおどろがなかを


朝日トーキーニュース

ゆくりなく映画に見ればふるさとの海に十年のうつろひはなし

おももひねもすけし潮あそび日焦ひやけわらはの頃の恋ほしさ

遠泳にめぐり疲れしかの島に光くだくる白波が見ゆ

我のごとわが子も遊べ飛の魚のかの瀬の鼻を翔くるはあらむ

かの浦の木槿もくげ花咲く母がを夢ならなくに訪はむ日もがな


写真

井戸端の梅の古木に干されたる飯櫃おひつも見ゆれわが家の写真に

吾子あこつ写真の庭の垣の返に金柑の木は大きくなりぬ

ありし日を父がでにし金糸雀かなりやは飼ひ遺されて今も鳴くとか



恵の鐘


恵の日に

 皇太后陛下の御仁徳を偲び奉りて

そのかみの悲田施薬のおん后いまをすがにをろがみまつ

みめぐみは言はまくかしこ日の本の癩射にれて我悔ゆるなし


恵の鐘

 鐘銘には皇太后陛下の賜へる
 つれづれの友となりてもなぐさめよゆくこと難き我にかはりて
の御歌を刻み奉る。昭和十一年十一月二十日撞初式を行ひ、爾来明六つ暮六つの鐘は日毎に長き余韻を島里に曳く

唱和する癩者一千島山にめぐみの鐘は鳴りいでにけり

今日よりぞ明暮に鳴る鐘の声日毎日ごとの思ひには聴かむ



鬼豆


木魚

 去る年の秋石井漠氏来園せらる。氏は木魚の音を愛でて屡々伴奏に用ひ、時に自ら之を拍つて門弟の踊るに和す

踊手に木魚打ちつつ見入る漠のまなこの光喰ひ入るごとし

点光に影をみだして踊る漠の素肌の胸を汗はしたたる


芝居

 患者にて組織せる劇団を愛生座と呼び、春秋二回の芝居日には近村よりの来園者に賑ふ

喜多八が関西訛りに啖呵をきる癩療養所の芝居たぬしも

会堂の宵のぬくとさ飛びありく童の声も憎からなくに


除夜

ぎのよそほひもなく島の院に百八つの鐘にただ静かなり

島山の鐘の撞木のたけながの綱手の垂れに朝は凪ぎつつ

元日をきたる年賀の文ふたつうちのひとつはふるさとの子より

追羽子の音もあらなく元日のこと静けさをひとり籠らふ

宵の間の疾風はやては落ちて枯庭に霜は降るらし月かげり来に

砂浜にむしりすてたる白き羽のしづけさ深しくもり冷えつつ


鬼豆

春未だ木草は萌えず寂び寂びと葉枯れ歯朶山日にしらみたり

縁あかきランプの笠も母が声もる鬼豆の香に匂ひつつ


沈丁花
 
 三浦環女史を迎へて

きざしくる熱に堪えへつつこれやかの環が声を息つめて聴く

沈丁のつぼみ久しき島の院に「お蝶夫人」のうたをかなしむ


春夏秋冬

裏山の歯朶のつもり葉ふふませて昨日も今日も雨のけむらふ

まろびゐる枯歯朶山の日だまりに近づく声は大瑠璃るりのたぐひか

鳶二つ舞ひもつれつつ草丘に昼の陽あしはうつるともなし

うつらうつら眼下まなしたうみに照り翳る春日のうつろひ見つつ遥けき

海寄うみよりの風に堪えへつつしづかなりさくら一むら昼をかがよふ

坂道をくだり来つれば薔薇苑は香に籠りつつうすら日の照る

いつしかもミシンの音はやみてをり立藤のはな黄なる曇りに

いたむ眼を思ひつつ来る温室に護謨の芽だちの紅あはあはし

簀を洩るる陽縞うすれてかそけさやあけの牡丹の花びら寄りあふ

花びらの白く散りしき牡丹の影一むらにほふ夕日のながき

柿わか葉一日ののびの夕あかり湯屋の廂に羽虫は群れつつ

ヒヤシンス香にたつ宵は幽かなり眼のいたみさへ夢に入りつつ

さへづりのこゑはあかるき板縁に猫かのこせる昨夜よべの足あと


暮春

帰り来て人の語るは死に顔にきし化粧の清かりしこと

骨あげにしばし間のあり火葬場の牡丹ざくらに蜂は群れるる

おとなへな日暮るる縁に佇みて友はしまらく亡き妻を言ふ


松籟

 内務省衛生局予防課長として、歌集「銀の芽」の歌人として我等に親しき高野六郎氏、「恵の鐘を撞きに」と来園せらる

「屎尿屁」の筆のすさびに親しもよ課長の大人うしいつかしかれど

客人まろうどの撞き給ふらむ高鳴るや鐘の響きはほがらほがらに


泰山木

 鹿児島県星塚敬愛園長林文雄先生の御慶事にーー新夫人大西ふみ子先生は曾てこの島の医官たりき

しら花のたいざん木は露ながら空のふかきに冴えあかりつつ

 楽生病院以来病める我等の第二の母として喜びをも悲しみをも頒ち給ふ人に

いつの日かわが臨終は見給はむ母とたのみつつこの人に




きりぎしの坂を越ゆれば松のにうねりはひろき真昼あを濤

梅雨霽れの岸辺をさして沖つ浪崩れつ湧きつひた寄りに寄る

登りきて見くる沖のかくり岩うねりうねりを見えて泡だつ


夏至

演習のやがてはじまる松山に夏うぐひすの声しづかなり

萌えいづるむろの白芽に降る雨は匂ひあたらしのあかりつつ

×

暮れのこる土の乾きに甘藍は鉛のごとく葉を垂らしたり

夕焼けの雨にかならしひとときを※(「譫のつくり」、第3水準1-92-8)のきさきに鳴く一つ青がへる

厠戸のひらき重たく降る雨のやみ間を黄ばむ夕空あかり

夕まけて芭蕉わか葉にやむ雨はみぎりの石に乾き


盛夏

罨法あんほふの湯をすてしかば窓下の日陰の土を蠅のむらだつ

たてこめてしとねにほふ暮々を募る暴風雨あらしに蠅ひとつ飛ぶ

風鳴りは向ひ木立にうすれつつt夕べを鳶のこゑ啼いでぬ


立秋

庭先にさかりのあけをうとみたる松葉牡丹はうらがれそめぬ

揉む瓜のにほひうすらに厨返は秋立つ今日を片かげり来ぬ

白楊の梢にたかきうろこ雲夕あかりつつうすれゆくなり

×

夕凪ぐや眼下まなしたがたにしづむ日の光みだして白魚はくぎよ跳びしく

あかあかと海に落ちゆく日の光みぢかき歌はうたひかねたり




煙突の黄なる鉱石いし船ひとるゐて起重機のおと朝潟に鳴る

地ならしの土の下に秋草の萩も桔梗ももれてゆきぬ

紙うらににじみてかわく墨のあと深夜ふかよをものの声は絶えつつ

暮れおちて冷えさしきたるひむがしの窓をまともに月さしのぼる


拍手

園長光田健輔専制の還暦祝賀会に

緋の頭巾の陣羽織童めく園長におくる拍手ひとしきり

ひたすらに癩者療の四十年わが園長そのをさの今日をたふとむ




 隣舎より聞こえくる放送の調べを縁に出でて聴きつつ

ことごとく夜天の星はまじろがずヱルマンがいと高鳴りわたる

人間が鳴らす音色のかくばかりかなしかる夜を星はひそまる

 ベートーベンの第九交響曲を聴きつつ

うつそ身は聴き澄しつつこの楽の鳴りかはす間も尿ゆまりかもすを

しゆかむ夜のかくもこそがっ諸シムフォニイやみて遥かに月いろのさす




こえの世を短き命ひたぶるにさかいくもこそなれの生きしか

きしうろくづの絵に白菊のまだきを剪りてはるかに悼む


蟋蟀

 一夜高熱を発し、後、数日の昏睡の間を、現れては消えし幻影の幾つ

更くる夜の大気ましろき石となり石いよよ白く我を死なしむ

天井の白きにひろがる雨もりを妻子眷族のよりてなげかふ

しんしんと振る鐸音に我を繞りわが眷族うからみな逐はれて走る

煉瓦塀高くめぐらす街角に声あり逃げよ逃げよといだなふ

息つめてぢゃけんぽんを争ひき何かは知らぬ爪もなき手と

繰ちかへし我のよはひをかぞへゐる壁のむかうの声ならぬこゑ

身一つの置き換へらするるおそれより己が名を彫る壁にのぶかに

柱時計三時をさして日のあたり厨の音はもの刻むらし

死にかはり生まれかはりて見し夢の幾夜を風の吹きやまざりし

かつてなき光なり朝の空の晴れ幾日幾夜の昏睡を覚めぬ

床下に一つゐて鳴くこほろぎの声のまにまに死にかはり来ぬ




見慣れたる電信柱たふされて窓さきの空今朝を冬めく

前栽に菊菜つみつつこの頃をおこたる母への便りをおもふ

日あたりの病舎の縁にひびきつつ午後の作業は石を斫るらし

門さきに冬木の影のしづかなる入日のなかを帰り来にけり

陽あたりは移りつくして紙障子ほの青みつつ冷えのさしそふ

サンルームの壁に斜めに日のうすれ夕べはさむしものの焦げつつ

×

降りいづる雨あし暗き日の暮れを相撲放送の声あわただし

図書室のあかりは高く更くる夜の玻璃戸の闇を氷雨ひさめ降りつぐ


壺網

 我室の窓の下十歩にして海なり。涯は六合を繞る潮も、この島の入江ふかく入り来たりては、海をよりは池なり、池とよりは泉水なり。しかも、四季昼夜のわかちなく漁師等来ちすなどる。或はささやかなる発動機船を動かし来りて、※(「魚+入」、第3水準1-94-32)ゑひの如く張りめぐらせる壺網てふを揚げ、夜の間を迷ひ入りし小魚の末をまで漁りつくす

海よりにふなばたたたく音さむしこの夜のふけに何を獲るとか

※(「くさかんむり/(酉+隹)/れんが」、第3水準1-91-44)むしにすまかづき臥す夜をあまの子はすこやかなれやすなどりおら

この朝も石油のしろに足らずよと芥のごときを舟に投げこむ

なりはひの険しきを言ふ蜑の老つくづくと見て我儕われらともしむ



失明


夜盲症

遠からぬ路べりの灯の見えわかず鳥目といふも身の衰へか

消えのこる肝油の臭ひはにくめども鳥目すらだに癒え易からぬ


角膜炎

 角膜の白濁次第に募れば、軟膏塗布も結膜下注射も瞳孔切開も角膜剥離の手術もすべて甲斐なく

近づきてその人ならずおろそかに向けしゑまひの冷えゆく暫し

盲ひくれば人の顔色のきがてにあるはよしなき物言ひもしつ

角膜の濁りはすでに披きつつアルバムにさへ親しみがてぬ

降る雨の日暮れはさむしあはあはと壁のよごれに灯は滲みつつ


暗室

ふかぶかととざす眼科の暗室に朝は炭水のにほひ籠らふ

照明の光の圏にメスをとる女医のおよびのまろきを見たり

眼神経痛

しづかなる友の寝息やいつしかも盗汗ねあせきぬの更ふべくはなりぬ

更へなづむ盗汗の衣にこの真夜を恋へば遥けしははそはのの母は

夜すがらの眼のいたみをまもりきて暁はやき囀りを聞く

まじまじとこの眼に吾子を見たりけり薬に眠る朝のひととき

おぼろかに器の飯の白く見えてをだやむいたみに朝をすぐしぬ

聴診器のややに冷たき肌ざはりたまたま障子に陽の明り来ぬ


失明

 眼神経痛頻に至る。旬日の後眼帯をはづせば己に視力なし

払へども払へども去らぬ眼のくもり物言ひさして声を呑みたり

くもる眼をみはりつ瞑ぢつ真心ひたごころやうやくにして黙居もだゐに堪えず

いつをかはこの眼の明りの還るべく思ひたのみて因被しとねかづきぬ

眼帯にやがてぬるむあぶら薬かくてぞ我のひはてぬらむ

昼も夜も疼きつくしてうつそ身のまなこ二つは盲ひ果てにけり

眼も鼻もついせたる身の果てにしみるきて鳴くはなにの虫ぞも


また

我のみや癩にふるにあらねどもみはる眼にうつるものなし

幾人の友すでに盲ひいまは我おなじ運命さだめを堪へゆかむとす

惧れこそひさしかりしかめしひての今朝はしづけき囀りを聴く

ひとりなる思ひに耽る眼のあらば妻への便はものさむよべ


おもかげ

鳶の輪

下村甲海南先生を迎えて

首あげて盲の我のうちまもるおん顔と思ふ声のあたりを

しまらくも都のりは忘れませ鳶鳴く島に昼のながきを


消息

 時々の遷りかはりを細々と報せくる母が便り。猫板に巻紙を展べて書かすらむ姿の目にうかみては、仮名文字の一つ一つ金泥の経文にもまさり、盲ひ来りては傍ら人の椛イに読みさる一字一句にもしろがねの鉄もて打たるるごとく、父の訃、兄の病、子の生ひ立ち、さては庭の葡萄の実りまで、喜びも悲しみもやがて声なき嘆息の幾たび。絶えて、久しければ胸さわぎ、披きては其の後をうち案じ、いづれも歎きならぬはなし

をりをりを思ひいでつつ見えぬ眼に母への便りを今日も怠る

音信おとづれの今日はありたりおいらくの母が言葉はながからねども

亡き父が三めぐりの日の落雁も母より届く小包のなかに

友が言ふあや目を眼にはうかめつつ母より届けるきぬかづきぬ

この頃を便り遠のく兄が家はつつがなきらし金糸雀かなりやどちも


おもひで

秋雨の昼をこもりて抽斗ひきだしにふるき象棋しょうぎのこまも見いでぬ

天井に洋灯の灯かげ円くさしわが弟はれゐたりけり

そのあけいろとが頬のはからざる冷たみを吾がひとり畏れぬ(弟急死す)

余のことの覚えはあらね棺をとぢて泣きたまふ母を父の咎めし

石の面に彫れば冷たきおとが名やわが世のかげぞかくもきざしし

弟が死にゆく夜をねむりけし我をある日の母は言はしつ

さ庭なるたねなし柑子のよき熟れは母が昨日の便りにありき

茶器棚のけやき戸ののみだれさへ母を憶へばつばらつばらに

面会に来むとのたまふ老母を道の遠きに我いなみたり


仏(その一)

病む我に逢ひたき吾子あこを詮ながる母が便りは老い給ひけり

さかのぼる記憶のはてにむなしかる父我ならし逢ひたかるべし

目にのこる影はをさなしさかり住む十年の伸びは思ひみがたし

父我の癩を病むとは言ひがてぬこの偽りの久しくもあるか

すこやかに育てばまして歎かるる幼き命わが血をぞ曳く

思ひ出の苦しきをきは声にいでて子等が名を呼ぶわがつけし名を

天刑とこれをこそ呼べ身ひとつにあまるえやみを吾が子に虞る


歌がるた

夕はやき臥床ふしどにをれば 松のうち今宵かざりと
 隣間に遊ぶ歌がるた「久方の光のどけき春の日に」読む声も拾う声も ほれぼれと興じさざめく 源平合戦坊主めくりと ありし陽は我も遊びき 熱に臥す夕くらがりに ひし眼を見ひらきをれば 歌がるた歌のあまたの 歎きさへ いにしへ人のめでたかりにし


会遊

ひとしきり跳ぶや海豚いるかのひかりつつ朝は凪ぎたるまんまるの海

揺れやまぬほばしらに掃かれつつひときは明るきは何の星かも

×

大陸の彼処にをはる夕あかね古りし砦は海の涯にみゆ

×
富士が根の萱生高原うちわたす空の涯より凪つぐわたる

国二つ此処に分るるすすき原蛇干す家村を覆ふ空の蒼

かへり見る檜原の涯のひとところ山中うみは暮れのこりつつ

×

あまねかるその名はあれど古への彫師が遺す猫のさびしさ(日光)

滝壺は霧しぶきつつ轟けり踏まゆる巌根もとどろとどろに

滝つぼ路還り来つれば日のひかり白樺むらは筒鳥のこゑ

×

アカシヤの並木花咲くよひばかり古きうまやのかなしきはなし(紀州粉河)

河はらに白き傘干す冬日ざし堰の網代あじろれ乾きつつ



仏(その二)

別れ来て十年にあまるこの頃を妻がたよりはかたじけなしも

朝粥のうすきにほひに思ほゆるひさしき年をれ棲みにけり

あらぬ世に生れあはせてをみな子の一生ひとよの命をくたし棄てしむ

地獄にも堕ちなば堕ちね我為にひとりをまもるをみな子は

癩すでにひつくしたるおとろへに妻をしおもふ居むかふがにも

糊口くちすぎのその日その日にわが知らぬ小皺もさしてやもめさぶらむ

人づてにものす便りは吾妻あづまにもただ健かにゐよとのみこと

梨の実の青き野径にあそびてしそのあけの日を別れ来にけり

子をもりて終らむといふ妻が言身にはしみつつ慰まなくに

健けきをの子のともにありよと言はるるもまた寂しからまし



不自由者寮


転居

 入園以来六年を過したる室を出てて、不自由者寮に入る

転室の挨拶をかはすこの人と壁をへだてて幾年なりけむ

父の訃はここに読みけり夕はやき窓を開けば水鶏くひな遠鴨鳴く

引越しの荷物もちだす縁さきに盲の我はとりのこされぬ

手伝人わが事のごと振舞へりをかしきようにて笑ひ難しも

手さぐれば壁にのこれる掛鏡この室にして我めしひけり


慰問品

 盲人その他起居の自由を欠くものを不自由者と呼び、付添夫をして衣食の用を弁ぜしむ。付添夫も病舎にして軽症のもの之に当たる。不自由者には月々慰問の品を給与せらる。

不自由者となりはてぬれば己が名に慰問の餅も届けられたり

手にのせて重りごころもわりなけれわが名にいただく経木包は

歯にしみて慰問の餅の冷えなすも不惑には至らぬ命なるべし

世の中のいちばん不幸な人間より幾人目位にならむ我儕われら

己にはさまで不運ならにかに思ひてゐるも不自由者我は


立春

降りたちてなじまぬ下駄のおもみにも籠れる冬は久しかりにし

友が読むふみを聴きつつあぐらゐの寒くもなればしとねに帰る

鳴き交わすこゑ聴きをれば雀らの一つ一つが別のこと言う

日あたりの暖かからし雀一羽窓さきに居ていつまでも鳴く

やむ雨の宵あたたかし前栽の冬菜はやがてたうにたつべし

雨一日訪ふ人もなく夕暮れてねぐらすずめは鳴きひそまりぬ

縁にゐて夕べはどよむもの音の寒からぬほどの春にぞありける


晩春

目ざむればほのかに明き室のなかたまたま昨夜よべはよく眠りたり

のきさきに声けたたましこの朝を雀らの世に事のあるらし

暮六つの鳴りて間のある空明りおこたりひさしきゆあみ思ほゆ

熱に臥すおもにまつはる蠅ありて夕餉ののりの明りひさしも

てをればひびきは遠き船の笛かかる夕べの幾たびなりけむ

夫婦舎に移れる友に贈らなむ花がめの肌に手を触れてをり


五月雨

放送の予報ものうく葉ざくらの日本につぽんぢゆうに降る雨ならし

今をある運命さだめは知らず努めしをあだなりしとはつひに思はず

入学試験合格の日の空のいろこのごろにして眼には冴えつつ

前栽につぎて色づく枇杷いちご聞きつつ母の便りたぬしも




紙鳶の糸のもつれにいらつ 我のに 蒸しなすやちまきびにし とある日の母が面影 むらさきは手絡てがらなりしや 昨夜よべ父といさかひ給ひき 手にぬくむ粽剥きつつ あやしくも頬をほてらせ 童我こよなく羞ぢける 遥かなりけり この島の院に盲ひて頂く 不自由慰問の 餅の匂ひ葉剥きつつ憶へば

剥くからに柏の餅の香に匂ふ頬赤まあか童のこの日かの日は

結ふ髪のさやけき母を童わが見つつひさおかにたのしかりしも

いまだきにひし白髪を染め給ふある日さびしき母を見にけり

湯浴する母が乳房に黄ばみたる皺のたるびのまざまざと見ゆ




今にしておもへば彼ぞ癩なりし童のわれと机めしが

の指に癒えてはれし傷一つ今にして且つ眼にはうかみ

わが病あるひは彼に受けたらむわらはべの日のしかも親しき

わがえやみの日にこそ受けたらめふるさとの吾子よ病むな伝染うつるな

わが病むも彼ゆゑにかも思ひでて或は疎みあるひはいたむ


清書

送り来し吾子が清書は見えわかね相逢ふがにも涙のにじむ

母を訪はむ春の休暇を待ちわぶる吾子の童の文は聞きをり

相会ひて妻子二人のむつむ日を夕くらがりの臥床ふしどに思うふ

夜の夢に笑まひて消えし眼差まなざしの思ひを去らず寒き日すがら


小春日

 帰省する友を送りて

偶々たまたまに秋の日なかを降りたてば眼にはうつらね空のはるけさ

帰省する人を見送る砂丘に昼を鳴きつづこほろぎのひとつ

この浦をかくて往きにし幾人の遂に還らずをの誰彼は

家なりし噴井の音はわすれつつこの島にして命をはらむ

発動船の音遠ざかる砂丘の秋日のぬくみ肩さきにしむ


大掃除

大掃除をけて籠らふ火葬場の昼をしづかにうぐひすの鳴く

大掃除の縁に汲むなる茶のはしら家なりし日かかるもありき

おほ掃除すみてひろらにわが室の畳の上を風の吹きぬく


畳替

 話好きなる畳師の翁も病者の一人なり

畳師のくやむともなく言ひつるは惜しみなくすてし薬料のこと

ふるさとの海にゆたけき漁を言ふこれの翁は酒の好きとか

弟子などは手足まとひとにべもなき老の訛りもその人ならし

言ひ据ゑしおのづからなる訛すら職に老いたるかたくなの好き

ながからむ世すぎのしろに習ひてしその職に居て島になじむか

癩に住む島にめしひて秋一日替へしたたみをあたらしと嗅ぐ

ともしくも残る月日かはぎ替へし今日の畳のにほひ身に沁む

畳かへすみてはめこむ紙襖友ははげしき夕映を言う

すがしろにほへる部屋の壁ぞひに白きしとねをのべて長まる





潮音

 医官内田守博士は守人と号し、水瓶社同人として歌路にも練達の人、公務の傍ら寸暇を惜しみて療養短歌の普及に尽瘁せらる

時ありてことにもたがひ癩者我癩を忘れて君にしたしむ

衰へし命のはてはこの大人うしり縋りつつ安らがむとす




 医官小川正子先生病む

この島の医官が君の少女なす語りごとこそ親しかりしを

かりそめに病み給ふにも秋のはやさ庭の菊は香には寂びつつ


南京陥落

 日支事変に職員看護婦など相つぎて出征す

世は今し力をきて事は莫しますらを君を往けと言祝ことほ

顧みて惧れなけなくに盲我戦況ニュースをむさぼり聴きつつ

南京落城祝賀行進の日取りのびて固くなりたる饅頭をいただく

 島にも防空演習の行はれて

鳴りいづるサイレンに次ぐ非常喇叭やがて外面そのもに足音さわぐ


秋逝く

あたらしき足袋のこはぜはかけがてぬ窓さきに来て百舌もずの高鳴く

秋ふかき昼のひそけさ膝にくる猫にむかひて物言ひかけぬ

膝に来て眠る仔猫のぬくもりのそこはかとなき雨の降りつぐ

さ夜ふかく目醒めてをればさしなみの隣の人の欠伸するこゑ

仔の牛がバケツなりしを飲みほして配給の乳今日は来らず

幾年をかくてありけり盲わが起き臥す窓のすずめ子のこゑ




む腹は暫し間のあり更くる夜の玻璃戸に凍みて雨の降りつぐ

む腹は撫であぐみつつ俯伏して或は宵の秋刀魚さんまを憎む

足袋のまま眠るならひをこの夜は寝返る度に思ひかかはる

 やがて薄らぐいたみに、童の日の子となどとりとめもまく思ひいでては

三りんぽう天一天上壁の上のこよみはあやし生きもののごと

きのへの宵の炬燵の物語り父のあぐらの酒の香に聞く




年ごとのおとろへはあり片寄りによれる敷布を展べつつ思ふ

黒き蛇飛びかかるとき目醒めたり深夜をからぶ痰に咽せつつ

夜すがらを脊柱の冷え夢に入りうつうつと聞く一時二時三時

親しきが一人一人にせゆきて今はこの身の待たるるごとし

風邪ひかば息塞るとふ喉の腫れに夜毎をしみて冴えのまさり




 山田信吉君は琉球の人、我為に眼とも手ともなりて衣食の子とはもとより煩瑣なる草稿の整理まで一手に弁じたりしを、かりそめの病に急逝す

隣室にもの音のする夕暮れを昼餉のすまひもじさに居り

今朝は我に箸も添へしを君が往きし重病室に灯ともる頃か

×

病室に君危篤なり午前二時人みな往きてあとのひそけさ

くらがりのしとねに膝をただしつつ君が命をひたすらに

×

夕暮の臥床に聞けば君を焼く火葬場にたつ讃美歌のこゑ

春はやき蚊の声ありて信吉の灰となりゆくこの夜は深む

遺されし机の板の冷たみにに頬をあてつつ涙のごはず

 この秋は帰省して母を見むと言ひゐたりしを

身に著けて帰るべかりしそのきぬは遺骨のつぼに添へて送らむ





事ともなく往き来なしけるこの道も杖の先には捜りわずらふ

捜り行く路は空地にひらけたりこのひろがりの杖にあまるも

泥濘ぬかるみに吸はれしくつをかきさぐるめしひにこそはなり果てにけれ

杖さきにかかぐりあゆむ我姿見すまじきかも母にも妻にも

さぐりゆく裏山路のあけの空晴れたるらしもさへづりの澄む

×

杖立てて佇みをればしたしさよ誰彼の声の言ひかけて行く

声かけて傍へを過ぐる足音の一人一人をおもかげに繰る

路べりに杖を立てつつ朝まだき入江にはやき爆音を

ひとしきり葦生をわたる朝あらし眼を瞠りつつ聴きとめにけり




人なかに行きあひし父を夢ながらなほざりに見て思ひにのこる

命はも淋しかりけりうつしくは見がてぬ妻と夢にあらそふ


草餅

 愛国婦人会岡山支部より草餅を贈られる

春なればよもぎの餅もうべよと添へて賜はることのよろしき

霞たつ吉備きびの春野の若よもぎおよび染めつつ摘ませけらしも








 ヘレン・ケラア女史の放送を聴く

放送のこの人の声を島の院にひつつ聴けばなみだし流る

 我が手足の麻痺症状のすでに久しきを思ひつつ

この語る声も言葉も悉く皮膚より得てしその皮膚のよさ


前栽

めしひてはおのれが手にはつくらねど庭のトマトの伸びをたのしむ

隅々たまたまを訪ひ来し声は前栽の伸びのよろしきを言う

盲わがこやりてをれば庭さきのトマトを盗む足おとのあり




読書きに借らむ人手をおもひつつ縁に夕づく物音を聴く

めしひてはもののともしく隣家に釘打つ音ををはるまで聞く

行きすぐる足音幾つ我家をめぐりて夕べのどよめきに入る

いささかの嘔気はきけ去りやらぬ午さがり隣のラヂオ静かに鳴りつぐ

窓先に足音の来て夕まぐれ木草のたちに水そそぎをり

朝たけし室のかそけき手捜りに窓をひらけばまた音もなし




夜すがら案じあぐめる歌ひとつ思ひにはあり朝粥の間も

息の緒のよりて甲斐ある一ふしの豈なからめやめしひたりとも

葦の葉を捲くきて鳴らして朝明は一生ひとよにきはまる命おもはず



白粥

夏立つや夕べをはやき※(「足へん+厨」、第3水準1-92-39)あさがや去年こぞのにほいにしみて転仰臥ころが

ときをりを枕辺に来る蚊のこゑの一つ二つの打ちかねてけり


路樹

立ち出でて路樹四五本のそぞろゆき厚しと言ひつつ我の息づく

伴れられてあゆむ木陰は肩さきに照り翳りつつ朝の日暑し

坂路を登りつめしも大儀さよ潰えし咽喉は呼吸いきに鳴りつつ


乙島

おほらかに羽根鳴らしつつ乙鳥つばくらめ露ぐもる朝の窓を出て入る

電灯の紐のあたりのつばくらめ忘れてあれば鳴き交しけり

読む声のかつもつれつつしまらくのけはひは友野居睡れるらし

つばくらめ一羽のこりて昼深し畳におつるまりのけはひも


水鶏

 隣室の友逝く。母なる人球を聞きて郷里より来訪せらる。

壁越しの嫗が声は亡きあとの室を訪ひきて嘆かふらしも

たらちねの母なりければ島の院に死なせし命の短きを言ふ

おのが身の悼まるるがに亡き友が母なる人の挨拶を受けぬ

畑つくり巧みなりしよ遺されしトマトの畠にちつつおもふ

 初七日の日隣室にてささやかなる回向をいとなむ

南無大師遍照金剛の絵すがたに友が俗名を添へて灯ともす

梅雨ばれの夕べをながき読経どきやうのこゑ襖はづせる縁にゐて聞く

おのおのに菓子すこし貰ひ帰りゆき十七日のことははてたり

事はてて帰る弔者の足音に義足のきしみのありはて遠のく

初七日の友が供物くもつの枇杷の実をむきつつをれば水鶏くひな鳴きつぐ

荒ましき起居たちゐなりしもこの夜をば厠にもたたずしはぶきもせず


白粥

衰へし腸のいたみに ひさしくも頂く白粥 医局よりの許可伝票 炊事場に届けば この島の飯の器の 飯盒の蓋に盛れるを 舎の人の交るがはるに 運び下さる幾年の 雨の日は雫滴り 風の日は散りこむ活の葉 時にうすく或は固く かにかくにうまからねども げに幾人の煩ひに 頂く粥ぞこの白粥は

 反歌

飯盒の蓋に冷えたる白粥のうすきにほひに明し暮すも


足音

足音はをゆき過ぎ 付添の友は帰らず 五時の鳴りやがて六時の ラヂオなる唱歌は歌へど 盲ひ我が夕餉のすまぬ ひもじさに思ふともなき 遠き日の妻が怨言かごと わが晩き帰りを言ひき 枇杷のの窓にあからむ 共棲は短かかりしよ 癒えてこそ帰るべかりし その後の二年三とせの いつしかも十年にあまる 今はもよ 生きて見るべき我とは待たじ


送別

 隣室に年久しく住み合わせたる松岡茂美君の帰省を送る

まづ一つを我が手にとらす饅頭のささやまにして君を送るか

この島の骨堂にして再びを逢はなむと言ふたはむれならず

防空演習の警笛サイレンひびく朝の縁にまた会ひがてぬ人と別れぬ


乳臭

あやされて笑ふ声音こわねも乳の香もこの島にしてちごのめでたき

片言のこゑのすがしさかたゐ我抱きねと言はれてちごをおそれぬ

ありし日の吾児がおもみの覚はゆるこの片言ぞ乳の香にしむ


帰雁

わが骨の帰るべき日を嘆くらむ妻子等をおもふ夕風ひととき

春ならば襖ひらきて通夜の座に白木蓮はくれんしづく闇を添ふべし

そのよひの老松原の塚つかくとどろとどろに神もはたたけ

秋ならば庭の葡萄の一房のむらさきたかき香を供養せよ

冬ならば氷雨ひさめもそそげ風も鳴れ冷たく暗き土に還らむ

春至らば墓の上なる名なし草むらさき淡き花をくべし

秋まひる犬えびづるの実の白みつぶらつぶらに子等を唆るや

曼珠沙華くされはてては雨みぞれそのをりふしの羽かぜ囀り



気管切開


異常注射

 夜中異常あれば看護手出張して応急の手当てをなす。之を異常注射とよぶ。或夜激しく胃の痛むことありて、二度までも当直の看護手を煩はす

胃袋のいたみのやめば胸のの諸々のいたみなべて収まる

身体ぢゅう何処にも残る疼みなく此夜の明を眠たくなりきぬ


麻痺

 癩の兆候は麻痺なり。四肢のさきよりひろがる知覚麻痺に、針にて刺すも火にて焼くも更に痛みを覚えず。次第に暮れば全身の皮膚粘膜を犯し、遂には、舌咽喉眼球にも及ぶ。癩の最後の症状も亦麻痺なり

朝醒めて指に見つけし火ぶくれの大きからぬは憎からなくに

かさぶたの剥がれしあとに具はりて指紋あやなすこのいみじさを

朝明をもよほす悪寒おかんにたづぬれば人差指に爪ぞ失せたる

いつしかも脱失ぬけうせてける生爪にむればやさし指の円みは

およびより肘にひろがる火ぶくれの己がこの手ぞゆゆしかりける

×

耳の孔さぐらるるときともしくもここに残りて痛覚はあり

しろがねの針をたつればしかすがに眼の玉に潜む痛みは厳し




 鼻翼萎えて年久しく通ずることのなかりしが、たまたま人に教へられて紙巻煙草の吸口を挿むに、片方は潰えつくして用をなさざれど、残る一つは幸に気息を通ず

挿す管の鼻よりかよふ息の根のこのめでたさは幾年ぶりぞ

おのづから出で入る息の安けさや鼻に挿したる管は鳴るとも

鼻ありて花より呼吸のかよふこそこよなきさちの一つなるらし

 されど、もともと身に具はるものならねば

息づけば鼻に挿したる紙筒のかすかに鳴りて眠りがたしも




 病は喉頭に及び声の嗄れてより年余、この頃に至りてやうやく呼吸困難を加へ、深夜の乾気に咽せては屡々気息を絶つ

起き出でて漱ぎしはぶく真夜の縁隣の室に心を置きつつ

幾たりのかたゐを悶え死なしめし喉のつまりの今ぞ我を襲ふ

辛くして吸ふなる息を咳きに咳くこのひとときぞ命がけなる

総身の毛穴血しぶきもろの眼のはじけ果つべししかも咳きに咳く

 折から防空演習中なりければ

警笛サイレンは夜天に鳴れど鳴り歇めどい這ひ転伏ころぶしわが喘ぎ咳く

こんかぎり咳きしはぶけどからびたる痰のねばりよ喉をはなれず

刻々にけしきを変ふる死魔の眼と咳き喘ぎつつひた向ひをり

人皆の眠りひそまる夜の底になにの因果をわが咳きやまぬ

二十億の他人の息のかよふともただるる喉にわが息は

咳く咳を悶掻もがきつくして横たはるこのひとときのもだの虚しさ

夜一夜を咳きて明せばうつうつと昼はひねもす空腹きなさぬ

うつうつと眠るともなき日の暮を母が声のす夢としもなく

 夜毎四度五度を起き出でてしはぶき漱ぐにもなれつつ

含み鳴く夜鳥の声のかそけさを咳き咽びつつ聞きとめてをり

さやかにはえ鳴かざりけり夜の冴えに声をふふむは何の鳥かも

夜な夜なを漱ぐならひの縁先に虫の鳴く音はともしくなりぬ

辛くして息の根通ふ喉の孔に沁みて夜寒は冴えまさりつつ

癒ゆるなきただれなりとか息づまる喉鳴らしつつ深夜をねず

なりゆかむ果は思はず吸ふ息の安らふ暫しを眠らむとすも

この冬はこの冬はとをおそれつつかそけき命を護り来にけり




明六つの鐘は鳴りいで から風の一夜は明けぬ 起出でて何とはなけれ 息づまる喉のただれに 咳き喘ぎ寝ずて明せば 健かに人のとよもす 朝音は宜しも


入室

 気管切開のために重病室に入る

載せられて担架に出で来にわが室をめぐるけはひは聞きのこしつつ

病室の扉口とぐちと思ふおもりかに額にせまる石壁の冷え

今日よりのこの六尺のわが天地寝台のくぼみにそひて長まる

這入り来てひた咳きに咳くひとしきり此室の気の我には※(「くさかんむり/斂」、第4水準2-87-15)えぐ

てをれば片面にあかる窓の下に迫れる海は今日をひそまる

 大阪にて育てりといふ十あまりなる少年、肺結核を併発してすでに声も嗄れゐたりしが、入園以来月余をこの病室にて送りて、とある夜をひそかに歿みまか

しまらくを足音あのとはみだれ亡骸なきがらの運び去られてまた音もなし

わが眼には仄白みつつ遺されし寝台べつどに今朝の日はあたるらし

明暮を隣寝台べつどにもの食ひし童吾一は昨夜よべを先立つ


気管切開

高々と手術の台に置かれたり噴く湯けむりの音のもなかを

気管切開はじまらむとす手術台まぐらふ人のもだし暫し

気管切開てふ生きの命のうつろひを見つめては居り怖れもしつつ

切割や気管に肺に吹き入りて大気の冷えは香料のごとし

幾夜いくよさを喘ぎあかして気管切開をはれる台に眠気さし来ぬ

このままにただねむりたし呼吸管いで入る息に足らふ命は

また更に生きつがむとす盲我くづれし喉を今日は穿ちて

喉穿りて横たはる世の素硝子の窓にはららぐ霰ひとしきり

うつうつと眠りつ醒めつ夜もすがら附添ふ人の身じろぎを聞く

呼吸管かよふ息音は身にしみて幽けくもあれや深夜ふかよ冴えつつ

まともなる息はかよはぬ明暮を命は悲し死にたくもなし


父なる我は

子も妻も家に置きすて 天刑のえやみに暮るる 幾とせを くづれゆく身体髪膚に 声あげて笑ふ日もなく いつはなき熱のみだれに 疼きては眼をもぬき棄て 穿てども喉のただれの 募りては呼吸いきも絶えつつ 死しはあへぬ業苦ごふくの明暮 幾人ありて狂へり 誰れ彼は縊れもはてぬ ながらへて人ともあらず 死に失せて惜しまるるなき うつそみの果てにしあれど あが父の今か帰ると そが母も共に待つらむ 吾家なる子等をおもへば えし眼の闇もものかは 世にありて人の測らぬ 歎きをもなげかむ 惧れをも散ておそれむ 天国はげに高くとも 地獄こそまのあたりなれ 次ぐ夜の涯は知らねど 副ふたまのかぎりは往かむ父なる我は




おほかたは命のはての歌びみの稿を了へたり霜月の朔

かたゐ我三十七年をながらへぬ三十七年の久しくもありし


[#改ページ]


第二部 翳


単なる空想の飛躍でなく、まして感傷の横流でなく、刹那をむすぶ永遠、仮象をつらぬく真実を覚めて、直観によって現実を透視し、主観によって再構成し、之を短歌形式に表現する――日本人同人の唱へるポエジイ短歌論を斯く解してこの部の歌に試みた。
その成果はともかく、一種一種の作歌家庭に於いて、より深く己が本然の相に触れ得たことに、私はひそかな歓びを感じている。




夜な夜なを夢に入りくる花苑の花さはにありてことごとく白し

更くる夜のおそれを白く先ひらき夢にはさむき花甕を巻きぬ

ひとしきりともしのをりに露をよぶ黒松属のこゑをおそるる

かたはらに白きけものの睡る夜の夢に入り来てしら萩みだる

風の夜のまことしやかな暗がりを声ばかりなる賑はひのゆく

己が吹く笛の音いろをうとみつつこの夜の更に聞く声の

この夜をば我夜とたのむ灯を掲げ絶えてひさしきもの言ひもしつ

脈鳴りの絶えつつねむる幾夜いくよるを闇にめぐり遭ふ足音もなし




大空の蒼ひとしきり澄みまさりわれは愚かしき異変をおもふ

蒼空の澄みきはまれる昼日なか光れ光れと玻璃戸をみがく

蒼空のこんなにあをい倖をみんな跣足で跳びだせ跳びだせ

掻き剥がしかきはがすなるわが空のつひにひるまぬ蒼を悲しむ

涯もなき青空をおほふはてもなき闇がりをりて星々の棲む

ひとしきり物音絶ゆるののきをめぐり向日葵を驕らす空のくろず


斜面

ある朝を白む日暈はひとしきり顱頂めがけて麦笛を吹く

ひたぶるに若き果肉をかがやかす赤茄子畠にやすらひがたし

飛びこめば青き斜面は消え失せてま下にひろがる屋根のなき街

蝉の声まつただなかを目醒むれば壁も畳もなまなまと赤し

わたる日のくるめき堕ちし簷ふかく青き毒魚をむしりてくら

白き手の被害妄想をのがれくる空にまつ黄なる花々尖とが

円心の一点しろくめしひつつ狂はむとするいのちたもてり

狙ひよる蛇の眼もなく斬りかかる狂人きちがひもなくダアリア赤し

色あをき果肉の肌にうもれつつ世にあきれたる夢は見てゐき

銃口の楊羽蝶あげははつひにじろがずまひるの邪心しなしたじろぐ

赤茄子の落つる日なかをうつうつと海魚の肌の変色は見ぬ

無花果いちじくえて落ちたる夕まぐれかのときを我なにと言ひけむ

まのあたり向ひの坂を這い上がる日あしの赤さのがれられはせぬ

紙襖はちひて高き蚊帳をつり生れ来し火をやすらがむとす

こもりのまひるのくもりひとこゑを鳴きてやみしは何の声とか

海鳥のこゑあらあらしおもひでのとほきに触るる朝のひととき

かたくなに忿りを孕むけだものの赤みだつ眼を刎ねかへしをり

昼も夜もさかしくひらく耳の孔ふたる完き不運にゐるも

いつしかと我に似かよふ木の椅子の今朝はふてぶてと我を見据ゑぬ

脱けおちて木のは白し音もなし照る日の光立ちわたりつつ

身がはりの石くれ一つ投げおとし真昼のうつつきりぎしを離る




ひとしきりもりあがりくる雷雲のこのしづけさをうべなはむとす

いつの世のねむりにかよふたまゆらかまひるしづかに雷雲崩る


星宿

星の座を指にかざせばそこここに散られる譜のみな鳴り交す

昨日こそ我の過来しかの空に今宵光るはなにの星かも

まなぶたに夜空の星を塗りこめて吐きかへしをれば夢うつくしき

背ばしらをさかのぼりくる眼を放ち空の杳きに神々を彫る

星の夜のこの大空を虹色にわが吐く息は尾を曳きてあれ




あらぬ世に生れあはせて今日をみるみぎりの石は雨にそぼてり

日はあがり月はかたむく世の隅に昨日の襤褸を身にひき纏ふ

もの音の絶えてしまひし日のさかり壁にむかひて我のねむりぬ

竹林にひとつの石をめぐりつつ言ふこともなきしばしなりけり

床したに鼠のかじるもの音も昼のおもひはくやしきに似つ

夕づけばしづむ遠樹の蝉の声なにもかもしつくして死にゆくはよけむ

天国も地獄も見えぬ日のひかり顱頂をぬらして水よりも蒼し

青草に来りやはらぐひとときも何処いずくにか真紅の花々は咲け

われの眼のつひに見るなき世はありて昼のもなかを白萩の散る




息の緒の冷えゆく夜なりまどろみつつすでに地獄を堕ちゆくひととき

いつしんに耳をすましてあきたらぬ頭蓋の奥をぬすみみんとす

室々に背をむけてゐる影いくる夜の敵意はいつかな熄まず

かざりなき命を聞けばあなかしこ霊魂てふに化けむはいつぞ

愛執あいしふは海に消えせぬ翳となり三半規管鳴りひそまりぬ(解剖室)

失せし眼にひらく夜明けの夢を刷き千草のあやを雨あしの往く


軌跡

シルレア紀の地層は杳きそのかみを海のさそりの我も棲みけむ

路々にむらがる銀の月夜茸蹴ちらせばどっと血しぶきぞたつ

コロンブスがアメリカを見たのはこんな日か掌をうつ蒼い太陽

引力にゆがむ光の理論など真赤なうそなる地の上に住めり

ひたすらに白きおそれをかき抱く母鳥の眼を今日ぞ見ひらく

いつの世の魚貝の夢かをりをりにまだらに青き殻をあらはす

降りつもる落葉のこゑにうづもれて翅にれむ夢は見てゐき

あたりにて間なく合図をするものあり樹をもゆすりぬをもひろげぬ


奈落

明暮れをあだにおろかに思はねど屍となる身ぞ臭ふなる

今日も暮れて五臓六腑はとりどりに音なき夢を積みくづしする

この空にいかなる太陽のかがやかばわが眼にひらく花々ならむ

空の青にまなこを凝らすなたひにも見放されつつ夜ごと眠りぬ

背も腹もせつくしたる翳ひとつ昼にも夜にも逐ひたてらるる

抽斗ひきだしなるむかしの銭も臍の緒も我にきはまる幾夜の命ぞ

霊魂に遺らむ臍のありかなど皺くちやな頭にかんがへあぐむ

しあはせな歌はおもへど目に見えて夜毎を地獄に堕つる夢ばかり

不運にも置去られつつ眼のたまにはりなどたてて明し暮すか

こんなとき気がふれるのか蒼き空の鳴をひそめし真昼間の底




いづくにか日の照れるらし暗がりの枕にかよふ管弦のこゑ

起きいでて手さぐる闇にひとしきり三十二相の眼鼻あらたか

つのりくる如法によほふの闇にまみれつつ身よりくされし錆掻きむしる

霧も灯も青くよごれてまた一人我より不運なやつが生れぬ

起きいでて厨にさむき水をのむ深夜のおもひ飢うるがごとく

ふうてんくるだつそのやくらいの染色体わが眼の闇をむげに彩る

総身の毛穴を襲ふ窒息をもなかに醒めて鳴をひそめぬ

目醒むればいつも一時の鳴ってゐるそんな夜更をまたも醒め来ぬ




夜一夜に壁の羽虫を刷きおとし地平きびしくむき直り来ぬ

額を摶つ晨気高らかに星々をかなぐりすてし空に居むかふ

石に凍みいろはあれど今朝の朝の谺は須由に鳴りかはし

山なみを圧ししかたむけて迫り来る空のふかきに吸ひあげらるる

あはがなく虚空こくうの距離をいただきて野鳥のあそびつひにおごらず




ある朝の白き帽子をかたむけて夢に見しれる街々を行く

踏むいしがまばゆくてならぬ巷には夜霧のにごりあとかたもなく

あるときは思はぬ窓に日のさして青む大気の街迷ひ行く

窓ごとに黄金きんのロマンはあかりつつ迷児われにほほゑみかけぬ

あらはなる轍のあとをあゆみつつ許さるまじき悔となりきぬ

人ごみにおしつおされつなにがなしに臍のある身がはかなまれける

まんまんと湛ふる朝の此処かしこ白くにごして娑婆しやばがこゑあぐ

足音の絶えし巷に目醒むればかぎりなき花々闇にひそまる

捧げゆくうすきグラスにしたたらすある日の微笑あるよひの嘘

臍のある腹をつつみて今日も往き人だかりには爪だちて見つ

あらむ世を商売の類に生まれきて色うつくしき酒はひさがむ

煙突ありあがる煙ありめぐる日にみじかき翳をつちにおとせり


年輪

刈られたる根株に白き年輪は脂をふきつつ枯れゆくらしも

かたつむりあとを絶ちたり篁の午前十時のひかりは縞に

わが指の頂にきて金花虫たまむしのけはひはやがて羽根ひらきたり

うつらうつら真昼をとざす暗がりに間なく滴つ樹脂やにの香を聞く

暮れあをむ空に見えくる星一つさし伸ぶる手に著きてまた一つ

とある世のしづけさ深くしみ入りて髄に埋もれしかなしみを

暗がりに撒きちらさるる白き餌をたはむれならず啄みあさる

かさかさと爪鳴らしつつ夜もすがら畳にみだるる花びらを摘む

昨夜の雨の土のゆるみを萌えいでで犯すなき青芽の貪婪は光る

傷つける指をまもりてねむる夜を遥かなるうみに魚群死にゆく

ある朝け五層の天守は焼けおちて池心にねむる白華はくげ一輪

らうたけく竹の節より生まれ来しむかしのいつはりのよさ

いつめんの枯木に花を咲かせつついつの夜までを我の夢見し




海ぞこのかがやくばかり銀の銭ばら撒きをれば春のまひるなれ

みなそこに小魚は疾し全身の棘ことごとく抜け去る暫し

白き猫空に吸はれて野はいちめん夢に眺めしうすら日の照り

薔薇苑の薔薇ことごとくくろずみてまひるの空にをはる夢なる

薔薇ひらき揚羽蝶あげはみだるる日のまひる一碧の空はわが明をおほふ


遅日

あかつきの夢に萌えくる歯朶わらび白き卵は我を怖れぬ

黒き猫黄なる猫などたはれつつ小雨すぎたる庭暮れむとす

人参の黄なる肌のものうさかときのまのわが想ひを覗く

ちひさなる抽斗ひきだしあまたぬき並べあれやこれやに思ひかかはる




しんしんと梧桐あをぎりの幹をさかのぼるしづけさありて夜気はしりぞく

うつくしき夢は見かねてあかつきの星の流れにまなこうるほす

うろこ雲高くうすれてある朝の果肉は白し歯にきしみつつ

思ひきり不敵な夜々をたくらめど星の失せては空の青み

あかつきの窗をひらければ六月の白い花びらが手のひらに降る

そら鳴るは白楊ならしあたらしき季節に吹かれてこよなく眠る

地の底の黄なるころもを脱けいでて翅にひらく感覚を




おちきたる夜鳥のこゑの遥けさの青々とこそ犯されゐたれ

こともなき真昼を影の駆けめぐり青葉のみだれはいづこにはてむ

腸のあたりうすきいたみのをりをりに昼ひとしきり若葉は募る

ひねもすを青葉のてりにきほひつつくたくたになる慾念なるも

水底みなそこに木洩れ日とほるしづけさを何の邪心かとめどもあらぬ

囀りの声々すでに刺すごとく森には森のゐたたまれなさ

まのあたり山蚕やまごの腹を透かしつつあるひは古き謀反むほんをおもふ

てり帰る昼をこゑなき木下路脱けいづるとき日はぬかを搏てり

たそがるる青葉若葉にいざなはれ何に堕ちゆくこの身なるべき

おとがひにうすき刃の触るるとき何時の葉ずれかうつつを去らぬ

おのずらからもの音絶えゆくあなにりにある日若葉のにほひときめく

夜をこめてかつ萌えさかる野の上にいつめんの星はじめて飛びぬ

新緑の夜をしらじらとしびれつつひとりこよなき血を滴らす

さかしかる星のたむろをのがれきて若葉のみだれ涯なきをあゆむ

暗すまの壁にむかひて明暮を外面とのもにきはふ青葉は知らず

のきをめぐる青葉若葉にうづもれて今朝は真白なるベーヂを披く

うづたかき簷の青葉を揺すぶって覗見すれば巷に日の照る


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跋 

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作者の言葉

 私が歌を習ひはじめたのは昭和九年頃で、当時視力はもう大分衰へてゐたが注釈を頼りに万葉集などに読み耽った。園内には長島短歌会と云ふ同行者の団体があつて、之によつて作歌の便宜を刺激とを受けたことが少なくない。昭和十年一月水瓶に入社させて頂き、ヽく八月日本歌人に転じた。この頃には全く明を失って読むのみも書くのにも人手を借りなければならなかった。
 此の間、日本歌人の前川佐美雄氏は癩者の私を人間として認めて呉れたのみならず、何時も劬り励まして下すつた温かい御気持には感謝の言葉もない。
 第一部白描は癩者としての生活感情を有りの儘に歌つたものである。けれど私の歌心はまだ何か物足りないものを感じてゐた。あらゆる仮装をかなぐり捨てて赤裸々な自我を思ひの儘に跳躍させたい、こういふ気持から生まれたものが第二部翳で、概ね日本歌人誌に発表したものである。が、仔細に見れば此処にも現実の生活の翳が射してゐることは否むべくもない。この二つの行き方は所詮一に帰すべきものなのであらうが、私の未熟さまだ其処に至ってゐない。第一部第二部共に昭和十二年乃至十三年の作で、中には回想に拠ったものも少なくないが、西郷さんの銅像の紙礫も縊れた病友の袷の縞目も、私にとつては今朝の粥の味よりも鮮やかな現実である。
 この週の草稿の整理は、気管切開の手術を受けた前後を通じてなされたので意に満たない点が少なくなりが、今は健康が許さないので満身創痍の儘世に送るの他はない。
 本書は下村海南、山本実彦、両大人の御厚意で、本園々長光田健輔、医官内田守人両先生の御尽力によつて、世に出ることになつたもので、茲に謹んで謝意を表す次第である。また、目の見えない上に声の出ない私を扶けて、煩瑣な草稿の整理に当たって呉れた病友、小田武夫、春日英朗、山口義郎三君の労苦にも深く御礼申上げる。
 此の小文でもつと詳細に私の周囲を紹介したいろ思つたが、既にその労に堪へないので、常に傍にあつて私の心身両面に肉親に慈みの眼をもつて護つて下さる内田国手に、跋文を御願ひして補つて頂くことにした。
では歌集白描を送る。この一巻が救癩運動の上に、また我々癩者の生活の上に何等かの意義を持ち得るなら、それは望外の幸せである。

昭和十四年一月 長島愛生園にて

明石海人





底本:「歌集 白描」改造社
   1939(昭和14)年2月23日初版発行

※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、旧漢字を新漢字にあらためました。
入力:金井和光
修正:蒋龍
2012年2月21日作成




●表記について

「虫+斤」    u869A